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長野地方裁判所諏訪支部 昭和37年(わ)13号 判決

被告人 小口みのる

明四〇・一〇・一三生 料理店経営兼芸妓下宿業

主文

被告人を懲役一年及び罰金三〇、〇〇〇円に処する。

被告人において右罰金を完納することができない場合には一日を三〇〇円に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但しこの裁判確定の日より三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は肩書住居地において、「千草」と謂う屋号で料理店を経営するとともに、右千草の隣家林アキ方居室の一部を同人より借受け、同所において右林アキ名義で芸妓下宿業「千成屋」を経営管理し、同所に両角初枝(芸名千太郎)、筒井千恵子(同千代鶴)、島田敏子(同手まり)、山崎知子(同小登美)、を居住させ同女等をして芸妓稼業をさせていたものであるが、別紙記載のとおり昭和三五年一一月三日頃より同三七年一月二四日までの間、別紙記載の場所においていずれも同女等をして対償を受け、または受ける約束のもとに不特定多数の遊客を相手に性交させ、以つて人を自己の占有管理する場所に居住させてこれに売春をさせることを業としたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件被告人は単に判示芸妓等の判示売春行為を容認していたに止まるものであるから、被告人の本件所為については売春防止法第一二条所定の構成要件が充足されていないから無罪である旨主張するので、この点について検討を加えてみるのに、被告人の検察官ならびに司法警察員に対する各供述調書、両角初枝、筒井千恵子、山崎知子、浜まきゑ、岸邦子の検察官に対する各供述調書および当公廷における証人保田八重子の供述を綜合すれば次の事実が認められる。即ち、先ず被告人と判示芸妓等との関係について考えてみるのに、判示芸妓等のうち、小登美こと山崎知子は被告人に給料月額八、〇〇〇円で雇われ毎月玉代一〇〇本を超過する場合にはその超過部分について被告人がその三割を右小登美がその残部分を各取得する約定であり、その余の芸妓等はいずれも下宿人として毎月下宿料八、〇〇〇円を被告人に支払うべき定めをもつて被告人はそれぞれ判示芸妓等を千成屋に居住させていたものであるところ、判示芸妓等は千成屋における就寝時を除きその隣家である千草方に日常自由に出入し、同所において勝手仕事や掃除の手伝をしていた外、毎日の食事をも右千草方でとることになつていたのみならず、判示芸妓等の所謂御披露目の費用はもとより判示芸妓等の求めによる衣裳、鏡台、箪笥等の家具類その他身廻品等に至る万般の物品の購入代金、或はその実家への仕送金、判示芸妓等の芸稽古料、小遺銭等は挙げて被告人においてこれを立替支払若しくは立替支給し、これ等は総てそれぞれ判示芸妓等の前借金として計算され、判示芸妓等の得た玉代より毎月清算する定めになつていたこと、又岡谷観光株式会社(所謂検番)を通じて芸妓の申入を受ければ、被告人若しくは被告人に差支えあるときは被告人の被傭者であり補助者である浜まきゑが被告人の意にたいして右申入に応じてその指図のもとに芸妓を料理店等に派遣していたこと、芸妓が外出する場合には必ずその行先を明示させていたこと、ならびに被告人において時に必要あるときは右会社より本来ならば判示芸妓等に対し支払われるべき玉代を予め前借取得していたこと等が認められ、以上の事実からすれば被告人の営業形態はかつての芸妓置屋のそれと殆んど軌を異にするものがなかつたばかりか、被告人において特段の理由がないのに判示芸妓等に対し前記前借金等についての正確な清算を遂げることがなく、判示芸妓等の入手した玉代は総て被告人においてこれを取得し、直ちに判示芸妓等の前記前借金に一方的に充当されていたこと、本件当時判示芸妓等は被告人に対し、それぞれ最低五〇、〇〇〇円位(小登美)より最高四〇〇、〇〇〇円ないし五〇〇、〇〇〇円位(千太郎)の前借金を負担しており、いずれの芸妓についても正規の玉代のみでは赤字となり到底前記前借金を返済する見込みが全くたたないところから、勢い売春をしてその対償をもつて右前借金の支払に充てざるを得ない環境に置かれていたこと、被告人も判示芸妓等が右のような状態に在つたことを秘かに察知しており、判示芸妓等が芸妓営業時間の終了時刻である午後一一時に近い頃になつてその時刻頃迄千草方に遊興飲食していた客を伴つて千草方より他所に外泊し、或は前記時刻頃においてかねて右会社の定める規約上芸妓の出入が禁ぜられている旅館より芸妓の申入を受ける毎にこれに応じて判示芸妓等を右旅館に派遣して外泊させ、翌朝その外泊時間に相当する玉代をその都度判示芸妓等より受取つていたことが認められることから徴しても、被告人は判示芸妓等が売春をしていたことを容認していたことが窺われるのみならず、昭和三五年一一月頃判示芸妓等のうち、両角初枝に対し借金が沢山あるから自由に遊んでばかりいてはいけない旨、或は芸者はバーの女給と違つて普通の玉だけではやつて行けないからお客と泊る場合には三、五〇〇円位貰わねばならない、腕の良い娘なら五、〇〇〇円位とる者もいる、そう云う稼をしなければやつて行けない旨申向けて、売春の必要性を力説してこれを応得させたことがあつたこと、或はその頃下諏訪町で芸妓をしていた園子こと岸邦子が屡々遊客を伴つて千草方に飲食に赴いた際、同女より右遊客の相手として判示芸妓等を連れて同町内の旅館に外泊させることについて承諾を求められるや、被告人は右岸邦子に対し売春の対償として一定額を下らない金額を指定し、右金員を同女をして責任をもつて右遊客よりその支払を受けさせることを確約させたうえ、判示芸妓等を右千草方より前記旅館に外泊させていたこと、或は昭和三六年八月一日頃右のように芸妓の出入りが禁ぜられている旅館より芸妓の申入を受け、判示芸妓を夜遅く右旅館に派遣して外泊させ、翌朝判示芸妓がその出先旅館より被告人に対し遊客が請求どおりの玉代を支払つくれないことにつき、その善後策に関して電話連絡をした際、被告人において判示芸妓に対し出先旅館の女中にたのんで請求どおりの玉代の支払を受けるようにせよと指示したこと、その他被告人において飲食代金とは別途で明らかに売春の対償と認められる多額の玉代を千草方において遊客より直接又はその相手をした判示芸妓等の手を通じて受領したうえ、若しくは遊客より受領すべき約束のもとに判示芸妓等を右遊客と共に旅館若しくは千草方或は千成屋方に宿泊させていたことが認められる。以上認定した事実を総合すれば、被告人は判示芸妓等が売春をしていたことを単に容認していたに止らず、少くとも判示芸妓等の自由意思による売春を助長してこれに介入し、その稼による経済的利益を自己に享受していたことを肯認することができるので、弁護人の前記主張は排斥を免がれない。

(法令の適用)

判示事実につき売春防止法第一二条、罰金等臨時措置法第二条。

罰金不完納の場合における労役場留置日数の換算につき刑法第一八条第一項。

懲役刑の執行猶予につき同法第二五条第一項。

訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文。

(裁判官 馬場励)

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